Share

わかば園と両親の死の真相 page11

Penulis: 日暮ミミ♪
last update Terakhir Diperbarui: 2025-03-28 10:21:59
 まず最初に、二年前はせっかくお電話を下さったのに、冷たい態度を取ってしまってごめんなさい。あれから二年半以上経ちますけど、わたしはずっとあの時のことを悔やんでて、心の中に小さなトゲみたいに残ってます。

 でもね、園長先生。あの時のわたしは、「バイト」っていう名目でしか施設に帰れないことが悲しかったんです。わたしにとって〈わかば園〉は実家も同然だったから。そんな名目なんかなくたって、気軽に「ただいま」って帰れる場所であってほしかったし、今でもそう思ってます。

 さて、園長先生。ここからが本題です。

 わたしは今度、〈わかば園〉を舞台にした長編小説を執筆することにしました。ちなみに、初めて書いた長編がボツになって、わたしが落ち込んでたっていう話は〝あしながおじさん〟からお聞きになってますよね?

 それはともかく、執筆するにあたって冬休みに施設を取材したいんですけど、大丈夫でしょうか? 冬休みの間は施設に滞在して、園長先生や他の先生たちから話を聞きたくて。あと、わたし自身についての話も。両親がどうして死んでしまったのか、いちばんご存じなのはきっと園長先生だと思うので……。

 実はわたし、もうだいぶ前から〝あしながおじさん〟の正体が分かってて、その人はわたしの身近にいる人でした。その人から聞いたんですけど、わたしの両親は十六年前に起きた飛行機の事故に巻き込まれて死んだんじゃないか、って。本当にそうなんでしょうか?

 まだ一ヶ月くらいありますけど、こちらの予定もあるのでなるべく早くお返事を頂けると助かります。他の子たちや先生たちにもよろしくお伝え下さい。では、失礼します。   かしこ

十一月二十四日     わかば園出身の作家、相川愛美』

****

 〒○○〇―△△△△

 山梨県 〇〇市 ✕✕

 児童養護施設 わかば園 若葉聡美様

****

「――さやかちゃん、珠莉ちゃん。わたし、ちょっと手紙出してくるね」

 まだそんなに夜遅い時間ではなかったので、愛美はすぐポストに投函することにした。

「手紙? 誰宛て? っていうか、もう暗いけど一人で大丈夫?」

「おじさまにはつい先日、出してきたところじゃなくて?」

「おじさまにじゃなくて、施設の園長先生にね。一人でも大丈夫だよ。さやかちゃん、心配してくれてありがとね」

「そっか。じゃあ気をつけて行ってきなよ」

「うん。行ってきます」
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Bab Terkunci

Bab terkait

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   わかば園と両親の死の真相 page12

       * * * * ――手紙を投函してから一週間後、愛美のスマホに聡美園長から電話があった。「冬休みの取材の件、了承しました。気をつけて帰ってらっしゃい」と。そして、「涼介君のこと、ありがとう」とも。園長はそのことに愛美が関わっていたという事実を、〝あしながおじさん〟=純也さんから聞いていたらしい。 二年半ぶりに聞く彼女の声は少しも変わらずに穏やかで、愛美は胸がいっぱいで泣きそうになった。 ――そして、二学期の終業式の後。「さやかちゃん、珠莉ちゃん、じゃあ行ってきます。ご家族と純也さんによろしくね」 肩から大きなスポーツバッグを提げ、スーツケースを携えた愛美は、寮の玄関先で親友二人に見送られた。 ちなみに、純也さんは今年の年末年始も、愛美が来ないにも関わらず実家で過ごすことにしたらしい。淋しいだろうけれど、電話で声でも聴かせてあげられたら彼も少しはホッとしてくれるだろう。「うん、気をつけて行っといで。三学期前にまた会おうね。こっちからまたメッセージ送るよ」「ええ、お伝えしておくわ。叔父さま、今年の冬は淋しくていらっしゃるんじゃないかしら。でも、ある意味開き直っていらっしゃるのかもしれないわ。ああ見えて叔父さま、けっこう神経が図太くていらっしゃるから」「……珠莉ちゃん、辛辣……」「アンタさぁ、自分の叔父に対してコメントキツすぎない?」 珠莉の毒舌に、愛美とさやかは絶句した。――と、予約したタクシーがもうすぐ来そうなので、そろそろ行かなければ。「……あ、ゴメン。もうタクシー来ちゃうから、わたし行かないと」「ああ、ゴメンゴメン! 引き止めちゃったね。じゃあ、〝実家〟でゆっくりしておいで。あと取材も頑張って」「うん……! じゃあ今度こそ、行ってきます!」 さやかが〈わかば園〉のことを「実家」と言い表してくれたことに感激して、愛美は思わず涙腺が緩みそうになった。でも、これは嬉し涙だ。 愛美は今度こそ二人の親友に背中を向け、出発したのだった。   * * * * ――JR新横浜駅前でタクシーを降り、新幹線と再びタクシーを乗り継ぎ、愛美は約三年ぶりに〈わかば園〉へと帰ってきた。 今回はタクシーの予約も、新幹線のチケットをネットで予約することもすべて自分でやった。交通費も自腹である。これらはすべて、ここを卒業して約半年の間に覚えてできるよう

    Terakhir Diperbarui : 2025-03-29
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   わかば園と両親の死の真相 page13

    (懐かしいな……。まだここを卒業して三年も経ってないのに) 門の外から園の建物を感慨深く眺めて、愛美は目を細める。 二歳の頃からここで暮らしていたとして、中学卒業までは十三年とちょっと、この〝家〟で過ごしてきたことになる。ここには数えきれない思い出が詰まっているのだ。楽しかったことも、悲しかったことも。「――さて、行くか」 門をくぐった愛美は、園長から電話で聞いたとおり、正面玄関ではなく来客用の玄関でスリッパに履き替える。そこに一足、男性ものの革靴が揃えて置かれていることに気づいて首を傾げた。そこでふと感じるデジャブ。 ちょうど三年前の今ごろ、愛美はこのあたりで〝あしながおじさん〟のあのヒョロ長いシルエットを目撃したのだ。あれは夜だったけれど……。「……あれ? この靴、誰のだろう? 純也さんの……じゃなさそうだけど」 彼の靴のサイズは二十九センチだけれど、この靴はそれよりサイズが小さいように見える。 それに、珠莉から聞いた話では、彼がここを訪れるのは毎月第一水曜日だけらしいけれど、今日はその日ではない。「誰か、他にお客様が見えてるのかな……?」 その靴の持ち主が誰なのかは気になったけれど、愛美はとにかく園長室へ向かって進んでいく。「――園長先生、お久しぶりです。ただいま帰りました」 自分のデスクに座っていた聡美園長に声をかけると、応接用のソファーに腰かけている男性が園長と同時に愛美の方へ顔を上げたので驚いた。 彼は四十代半ばくらいで、知的な感じのスリム体型。そして彼のスーツの襟には金色のバッジが光っている。「おかえりなさい、愛美ちゃん。――ああ、こちらの方、紹介するわね。弁護士の北(きた)倉(くら)先生よ」「相川愛美さんですね? 私は弁護士の北倉と申します。あなたのご両親が亡くなった、十六年前のジャンボジェット機墜落事故の遺族救済を担当しておりました」「……どうも。お名刺頂戴いたします。――あの、高校生作家の相川愛美です。名刺はありませんけど」 名刺を受け取った愛美は、こちらも自己紹介をしなければと思い、丁寧に名乗って頭をペコリと下げた。 「愛美ちゃん、この弁護士さんが、あなたに大事なお話があるそうでね。――あなたからご両親の亡くなった理由が知りたいって手紙をもらった時に、ちょうどいいわと思って連絡して、今日わざわざ来て頂いたの

    Terakhir Diperbarui : 2025-03-31
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   わかば園と両親の死の真相 page14

    「それをお話しする前に、あなたはあの事故についてどの程度の事実をご存じですか?」「ここへ来る前、ネットで調べました。山梨の山中にジャンボジェット機が墜落して、乗員・乗客五百人全員が助からなかった、って。あと、わたしの両親らしい『相川』っていう苗字の夫婦の名前が乗客名簿にあったっていうのは知り合いから聞かされたんですけど……。それじゃやっぱり、その夫婦っていうのが」「はい、あなたのご両親で間違いないと。お二人のご遺体は幸いにも状態がよかったので、ここにいらっしゃる若葉園長が身元の確認をされたそうです。お二人は園長が小学校の教員をされていた頃の教え子だったそうで、卒業後にも交流があったそうなんです」「えっ、そうだったんですか?」 愛美は驚いて、聡美園長に向けて目を見開く。「ええ、実はそうなのよ。あの二人は私の教え子だった頃から仲がよくてね、結婚式にも出席させてもらったわ。あなたのご両親は、子供ができなかった私たち夫婦にとって我が子も同然だったの。だから、事故が起きる二日前、『親戚の法事でどうしても愛美ちゃんを連れていけない』っていう二人の頼みを聞き入れて、すでに開園していたこの施設でまだ小さかったあなたを預かってたのだけれど……」 そこまで話した園長が、涙で声を詰まらせた。「……まさかその二日後に、あんな変わり果てた姿で再会するなんて……」 たった二日前、元気な姿で別れた教え子夫婦とそんな形で物言わぬ再会をすることになった園長の気持ちを想像したら、愛美も自然ともらい泣きをしていた。気づけば、北倉弁護士の目にも涙が……。「……ああ、すみません。――それでですね、ここまでは前置きで、ここからが本題なんです。ご両親を亡くされた幼いあなたは、お母さまの弟さんのご夫妻に引き取られることになったんですが……」「わたし、親戚がいたんですね」「ええ。ですが、そのご親戚が問題でして。二人は日本政府から被害者遺族に支給されたお見舞金目当てであなたを引き取り、見舞金を受け取った後はあなたへの育児を放棄して遊び惚けていたんです」「…………! そんな……ヒドすぎる……」 愛美は顔も憶えていないその叔父夫婦に対して、何ともいえない怒りがこみ上げていた。もしその二人が今になって「親戚だよ」と再び目の前に現れたら、彼らに何をするか分からない。

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-02
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   わかば園と両親の死の真相 page15

    「それでね、一度あなたの様子を見に行った時にその事実が分かって、私が児童相談所に通報したの。そして、その親戚夫婦はあなたの養育権を剝奪されて、あなたは一時的に預かっていたこの施設で暮らすことになったのよ」「そうだったんですね。園長先生、その時に通報して下さってありがとうございます。その通報がなかったら、今のわたしはいなかったと思うから」 愛美は改めて聡美園長に、育ててもらったことと命を救ってもらったことへのお礼を述べた。彼女の通報がなければ、愛美はその後無事だったかどうかも怪しいのだ。「いいのよ、愛美ちゃん。あなたは私にとって孫も同然だって、さっきも言ったでしょう? 大事な教え子だったあなたのご両親を亡くした私にとって、あなたは希望だったから」「はい……!」 両親がどうして自分のことを施設に預けたのか分からなかった愛美は、その事情を知って改めて両親から愛されていたんだと分かり、胸がいっぱいになった。聡美園長に預けたのも、恩師である彼女を信頼していたからだろう。「――ところでですね、相川さん。親戚が騙し取ったその見舞金の一千万円、私が全額彼らから取り返すことができたんですが。あなたはどうされますか? ここに現金で用意してあるので、この場でお返しすることもできますが」 北倉弁護士がそう言って、大きな茶封筒を応接テーブルの上に置いた。かなりの厚みがあるそれには、百万円分の札束が十個入っているらしい。「そんな……、こんな大金、受け取れません!」 一瞬、「これだけあれば純也さんにこれまで出してもらったお金が全額返せる」とも思ったけれど、それでは筋が違う。彼に返すお金は、自分で作家として稼いだものでなければ意味がない。 それに、まだギリギリ高校生の身に一千万円という金額は大きすぎる。「いえいえ、これは本来あなたが受け取るべきお金ですから。どうぞ、お納めください。使い道はあなたに委ねますので」「そう……ですか? ありがとうございます。じゃあ……」 封筒を受け取った愛美は、中の札束を二つだけ取り出して自分の手元に置いた。そして――。「これだけわたしが頂いて、あとはこの施設に寄付します。さすがに一千万円は金額が大きすぎるので」「愛美ちゃん……、本当にいいの?」「はい。この施設のために役立てて下さい」「……分かったわ。ありがとう。この園の子供たちのた

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-04
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   わかば園と両親の死の真相 page16

    「――では、私はこれで失礼します。相川さん、今日はお会いできてよかった。こんなに立派に成長されて……、天国のご両親もきっと喜ばれていることでしょう」 北倉弁護士は用件が済んだようで、早々に席を立とうとした。「こちらこそ、ありがとうございました。両親の最期がどんなのだったか、わたしもずっと知りたかったので。今日は貴重なお話を聞かせて頂けて嬉しかったです。それに、政府からのお見舞いのお金まで取り返して下さって。本等にありがとうございました」 愛美は彼に丁寧なお礼の言葉を述べ、何度も頭を下げる。(わたし、やっぱりお父さんとお母さんに愛されてたんだな……。で、園長先生は二人からすごく信頼されてたんだ。でなきゃ、まだ小さかったわたしを安心して託せなかったはずだもん) 北倉弁護士の背中を見送りながら、愛美はそんなことを考えた。まさか自分たちが事故で命を落とすとは思っていなかっただろうから、本当に一時的にだったのだろうけれど。信頼できる人だからこそ、両親も恩師である聡美園長を頼ったに違いないのだ。 ――北倉弁護士が退出した後、愛美は改めて、聡美園長に「ただいま帰りました」と言った。「お帰りなさい。あなたから『冬休みは園で過ごしたい』ってお手紙をもらった時は嬉しかったわ。ここを舞台にして新作を書きたいんだそうね」「はい。ここにいた頃のわたしを主人公のモデルにして、ここでのありふれた日常を描(えが)こうと思ってます。まだここを巣立って三年も経ってないけど、今日久しぶりに門の外から眺めてたらすごく懐かしく感じました。ああ、帰ってきたんだ。ここがわたしの実家なんだな、って」「そう言ってもらえると嬉しいわ。養子にもらわれていったりして、ここを巣立って縁が切れてしまう子もいるけど、あなたとは縁がまだ繋がっていたのね」「そうみたいですね。わたし、ここでの生活が好きだったから。不便なことも多かったけど、たくさんの弟妹(きょうだい)たちに囲まれて、毎日賑やかで楽しかったです。――みんな元気ですか?」 愛美が施設で育ったこと後ろめたく感じてこなかったのは、この施設での生活が楽しかったからだった。血は繋がっていないけれど、毎日一緒に過ごしてきた大切な弟・妹たち。みんなはどうしているんだろう?「みんな元気にしてるわよ。里親に引き取られていった子も何人かいるけれど。――涼介君も、

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-05
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page1

    「――園長先生、実はわたし、もうだいぶ前から〝あしながおじさん〟の正体に気づいてたんです。でも、ずっと気づかないフリを続けてるんです」「……ああ、そういえば手紙にもそう書いてあったわね。あなたの身近にいる人だって」「はい。もしかしたら違ってるかもしれませんけど……、その人って辺唐院純也さん……ですよね? わたしの親友の叔父さまなんです。そして、わたしと彼は一昨年の夏からお付き合いしてます」 愛美が思いきって打ち明けると、聡美園長は驚いたように大きく目を見開く。そして大きく頷いた。「…………ええ、間違いないわ。辺唐院さんはあんなにお若いのに、もう何年もこの施設に多額の援助をして下さってるの。そして三年前、中学卒業後の進路に悩んでいたあなたに手を差し伸べて下さったのよ。女の子が苦手だったはずなのに、『この子だけは放っておけない。この子の文才をこのまま埋もれさせるのは惜しい』って」 純也さんはもしかしたら、その頃から愛美の文才に惚れ込んでいたんだろうか。自分が援助することで、作家としてデビューできるように。「そうでしたよね。そういえば、彼も言ってました。『最近はどんな本を読んでも楽しいと感じられないんだ』って。だからわたし、彼と約束したんです。『わたしが絶対、純也さんが面白いって思えるような小説を書く』って。……その時はまだ、彼が〝あしながおじさん〟だなんて気づいてなかったんですけど」「そう……。じゃあ、今回書こうとしてる小説は彼のためでもあるわけね? でも、まさかお付き合いまでしてるなんてビックリしたわ。辺唐院さん、ここへ毎月いらっしゃってるのに、私にはそんな話、一度もして下さらないんだもの」「それは、後ろめたい気持ちがあるからじゃないですか? 後見人の立場とか、年齢差とか色々気にして」 年の差については純也さん自身もいつか言っていたことだけれど、後見人の立場を気にしているというのはあくまでも愛美の考えだ。愛美がそう思っていなくても、愛美が有名作家になった時に周囲からいわゆる〝パトロン〟のように見られることを気にしているんだろう。「恋愛は個人の自由なんだから、話を聞いたところで私は何も言わないのにねぇ。――それはともかく、愛美ちゃん。本当のことを知っているのに、気づかないフリをしているのはどうしてなの?」「彼から打ち明けてくれるのを待ってるからで

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-07
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page2

     愛美の答えを聞いた園長は、困ったような笑みを浮かべた。「……実はね、愛美ちゃん。辺唐院さんも今月の第一水曜日にここへいらした時、私におっしゃってたのよ。『どうやら彼女は、僕の正体に気づいているみたいです』って。あなたは頭のいい子だから、いずれはこうなると思ってらっしゃったみたいで。もしかしたら、あなたに本当のことを打ち明けるタイミングを計りかねている感じだったわ」「そう……なんですか? だとしたら、彼はいつごろわたしに打ち明けてくれるつもりなんだろう……?」 彼がタイミングを計っていることは間違いないだろうけれど。打ち明けると愛美と気まずくなるのを恐れて、なかなか打ち明けられないというのもあるのかもしれない。「――とにかく、今日から二週間はあなたも実家に帰ってきたつもりで、ここでお過ごしなさい。ちゃんと取材には応じてあげるから。あとは子供たちの相手をしてくれたり、事務作業を手伝ってくれると助かるけれど。それはあくまであなたの意思に任せるわね」「はい」「あなたはまた六号室で寝泊まりしてもらおうかしらね。みんな、愛美お姉ちゃんと一緒に寝るのを楽しみにしてるから」「分かりました。六号室かぁ……、懐かしいなぁ」 愛美はここを巣立っていくまでずっと、六号室で五人の幼い弟妹たちと過ごしていたのだ。あれから三年近く経って、あの子たちも大きくなったことだろう。幼稚園の年長組だった子も、小学三年生になっているはずだ。「あ、あとね、涼介君も今、施設に帰ってきてるのよ。引き取られた先のご両親が、夏休みと冬休みにはここに帰ってきてもいいっておっしゃったらしくて」「えっ、リョウちゃんも? 嬉しいな」「ええ。今夜はクリスマス会をやるから、愛美ちゃんも参加してね。涼介君も参加したいって言ってたから。お正月にはみんなでまた近くの神社へ初詣に行きましょうね」「はい!」 まるで自分の祖母のような園長とのやり取りで、愛美はあっという間に三年前に引き戻されたような懐かしい気持ちになった。このアットホームな雰囲気が、この園での生活が楽しいと感じたいちばんの理由だった。「――そういえば、その服の感じも懐かしいわね。愛美ちゃん、ここにいた頃もよくブルーのギンガムチェックの服を着てた憶えがあるわ」 園長はふと、愛美が着ているブルーのギンガムチェックのシャツを眺めて目を細める。ボト

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-08
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page3

       * * * * 愛美は宿舎へ向かう前に、庭の方を通りかかった。サッカー少年の涼介が、今日もここでサッカーの練習をしているような気が下から。 今もこの施設に暮らす男の子たちに混ざって、高校生くらいの少年が一人、サッカーボールを追いかけながら走っている。愛美は彼の顔に、自分がよく知っている少年の面影を見た。「――あっ、やっぱりいた! お~い、リョウちゃーん!」 手を振りながら呼びかけると、驚きながらも手を振り返してくれた少年――小谷涼介は、身長が少し伸びて筋肉もついているけれど、顔は三年前とほとんど変わっていない。「愛美姉ちゃん! 久しぶり……っていうかなんでここに? ――あ、ちょっとごめん! お前ら、今日の練習はここまで。もうすぐ晩メシだから、ちゃんと手洗えよ!」 子供たちのコーチをしていたらしい涼介は、泥まみれになっている彼らに練習の終了を告げた。三年近くここに帰ってこない間に、彼もすっかり〝お兄さん〟になっていた。「リョウちゃん、元気そうだね。わたしもね、今年の冬休みの間はここで過ごすことにしたんだよ。新作のための取材も兼ねてるんだけど」「そっか。そういや愛美姉ちゃん、作家になったんだよな。おめでと。オレも本買ったよ。義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、『この本は施設にいた頃のお姉ちゃんが書いたんだ』ってオレが言ったら二人とも買ってくれてさ。ウチにはあの本が三冊もあるんだぜ」「そうなんだ? リョウちゃん、すっかり新しいお家に馴染んでるみたいだね。よかった」 自分が〝あしながおじさん〟=純也さんにお願いして見つけてもらった涼介の養父母。彼がその家に馴染んでいるか、愛美はずっと心配だったけれど、彼の口ぶりからしてすっかり気に入っているようでホッとした。「うん。二人とも、オレにすごくよくしてくれてるよ。園長先生から聞いたんだけど、愛美姉ちゃんが理事の人に頼み込んで見つけてくれたんだよな? 姉ちゃん、ありがとな」「ううん、わたしはただお願いしただけで、実際に動いてくれたのはその理事の人だよ。わたしの時にも手を差し伸べてくれたから、リョウちゃんのことも何とかしてくれるかな……と思ってダメもとでお願いしたら、ちゃんとしてくれて。ホント、いい人でしょ?」 彼はお金を出してくれて終わりではなく、常に相手にとって最善の方法を見つけてくれる。 愛

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-11

Bab terbaru

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page8

       * * * * というわけで、卒業式前の連休――というか厳密に言えば自由登校期間だけれど――の初日、二泊三日分の荷物を携えた愛美とさやかはJR長野駅の前に立っていた。「――愛美、あたしの分まで交通費全額出してもらっちゃって悪いね。でもよかったの?」「いいのいいの! わたし今、口座に大金入ってるから。ひとりじゃ使いきれないし、使い道も分かんないし」 冬休みに突然舞い込んできた二百万円というお金は、まだギリギリ高校生でしかも施設育ちの愛美にとってはとんでもない大金だった。作家として原稿料も振り込まれてくるけれど、さすがに百万円単位はケタが違う。印税でも入ってこない限り、そんな金額は目にすることがないと思っていた。「そっか、ありがとね」 多分、さやかもそんな大金はあまり見ないんじゃないだろうか。 そして、愛美に自分の分まで交通費を負担してもらったことを申し訳なく感じているだろうから、後で「立て替えてもらった分、返すよ」と言ってくるに違いない。その分を受け取るべきかどうか、愛美は迷っていた。 さやかの顔を立てるなら、素直に受け取るべきだろうけれど。愛美としては貸しにしているつもりはないので、返してもらうのも何か違う気がしているのだ。 それはきっと、もっと大きな金額を愛美に投資してくれている〝あしながおじさん〟=純也さんも同じなんだろうと愛美は思うのだけれど……。「――農園主の善三さんの車、もうすぐこっちに来るって。奥さんの多恵さんからメッセージ来てるよ」「そっか」 スマホに届いたメッセージを見せた愛美にさやかが頷いていると、二人の目の前に千藤農園の白いミニバンが停まった。助手席から多恵さんが降りてくる。「愛美ちゃん、お待たせしちゃってごめんなさいねぇ。――あら、そちらが電話で言ってたお友だちね?」「はい。牧村さやかちゃんです」「初めまして。愛美の大親友の牧村さやかです。今日から三日間、お世話になります」 さやかが礼儀正しく挨拶をすると、多恵さんはニコニコ笑いながら「こちらこそよろしく」と挨拶を返してくれた。「静かな場所で過ごしたくて、ここに来たいって言ったそうだけど、ウチもまあまあ賑やかよ。だからあまり落ち着かないかもしれないわねぇ」「いえいえ! 寮の食堂に比べたら全然静かだと思います。ね、愛美?」「うん、そうだね。多恵さん、ウ

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page7

     ――今年の学年末テストもバレンタインデーも終わり、卒業式が間近に迫った三月初旬。さやかが思いがけないことを愛美に言った。「卒業式前の連休、あたしも一緒に長野の千藤農園に行きたいな。愛美、執筆の息抜きに行きたいって言ってたじゃん」「えっ、わたしは別に構わないけど……。さやかちゃん、急にどうしたの?」 部屋の勉強スペースで執筆をしていた愛美は、キーボードを叩いていた手を止めて小首を傾げた。彼女が「千藤農園へ行きたい」なんて言ったことは今まで一度もなかったから。「いやぁ、愛美がいいところだって言ってたし、あたしも前から一度は行ってみたいと思ってたんだよね。純也さんのお母さん代わりだったっていう人にも会ってみたかったしさ。っていうかぶっちゃけ、最近食堂がうるさくてストレスなんだわ」「あー……、確かに。会話もままならない感じだもんね」 さやかも言ったとおり、最近〈双葉寮〉の食堂では特に夕食の時間、みんなが一斉におしゃべりをする声が大きくこだましてやかましいくらいである。隣り同士や向かい合って座っていても、話す時には手でメガホンを作って「おーい!」とやらなければ聞こえないのだ。そりゃあストレスにもなるだろう。「分かった、わたしから連絡取ってみるよ。この時期だと……、農園では夏野菜の苗を植え始めたりとかでちょっとずつ忙しくなるだろうから、一緒にお手伝いしようね。あと、純也さんと二人で行った場所とかも案内してあげる」「やった、ありがと! 野菜育てるお手伝いなら、ウチもおばあちゃんが家庭菜園やってるからあたしもよくやってたよ。じゃあ、連絡よろしくね」「うん」 愛美のスマホには、千藤農園の電話番号はもちろん多恵さんの携帯電話の番号も登録してある。愛美から連絡したら、多恵さんはびっくりしながらも喜んでくれるだろう。ましてや、今回は一人ではなく友だちも一人連れていくんだと言ったら、大喜びで歓迎してくれるだろう。「じゃあ、原稿がキリのいいところまで書けたら、さっそく多恵さんに電話してみよう」 という言葉どおり、愛美は執筆がひと段落ついたところで多恵さんの携帯に電話した。

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page6

       * * * * 部活も引退したことで執筆時間を確保できるようになった愛美は、本格的に新作の執筆に取りかかることができるようになった。「――愛美、まだ書くの? あたしたち先に寝るよー」 〝十時消灯〟という寮の規則が廃止されたので、入浴後に勉強スペースの机にかじりついて一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き続けていた愛美に、さやかがあくび交じりに声をかけた。横では珠莉があくびを噛み殺している。「うん、もうちょっとだけ。電気はわたしが消しとくから、二人は先に寝てて」 本当に書きたいものを書く時、作家の筆は信じられないくらい乗るらしい。愛美もまさにそんな状態だった。「分かった。でも、明日も学校あるんだからあんまり夜ふかししないようにね。じゃあおやすみー」「夜ふかしは美容によろしくなくてよ。それじゃ、おやすみなさい」 親友らしく、気遣う口調で愛美に釘を刺してから、さやかと珠莉はそれぞれ寝室へ引っ込んでいった。「うん、おやすみ。――さて、今晩はあともうひと頑張り」 愛美は再びパソコンの画面に向き直り、タイピングを再開した。それから三十分ほど執筆を続け、キリのいいところまで書き終えたところで、タイピングの手を止めた。「……よし、今日はここまでで終わり。わたしも寝よう……」 勉強部屋の灯りを消し、寝室へスマホを持ち込んだ愛美は純也さんにメッセージを送った。 『部活も引退したので、今日からガッツリ新作の執筆始めました。 今度こそ、わたしの渾身の一作! 出版されたらぜひ純也さんにも読んでほしいです。 じゃあ、おやすみなさい』 送信するとすぐに既読がついて、返信が来た。『執筆ごくろうさま。 君の渾身の一作、俺もぜひ読んでみたいな。楽しみに待ってるよ。 でも、まだ学校の勉強もあるし、無理はしないように。 愛美ちゃん、おやすみ』「……純也さん、これって保護者としてのコメント? それとも恋人としてわたしのこと心配してくれてるの?」 愛美は思わずひとり首を傾げたけれど、どちらにしても、彼が愛美のことを気にかけてくれていることに違いはないので、「まあ、どっちでもいいや」と独りごちたのだった。 高校卒業まであと約二ヶ月。その間に、この小説の執筆はどこまで進められるだろう――?

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page7

     ――そして、高校生活最後の学期となる三学期が始まった。「――はい。じゃあ、今年度の短編小説コンテスト、大賞は二年生の村(むら)瀬(せ)あゆみさんの作品に決定ということで。以上で選考会を終わります。みんな、お疲れさまでした」 愛美は部長として、またこのコンテストの選考委員長として、ホワイトボードに書かれた最終候補作品のタイトルの横に赤の水性マーカーで丸印をつけてから言った。 (これでわたしも引退か……) 二年前にこのコンテストで大賞をもらい、当時の部長にスカウトされて二年生に親友してから入部したこの文芸部で、愛美はこの一年間部長を務めることになった。でも、プロの作家になれたのも、あの大賞受賞があってこそだと今なら思える。この部にはいい思い出しか残っていない。 ……と、愛美がしみじみ感慨にふけっていると――。「愛美先輩、今日まで部長、お疲れさまでした!」 労(ねぎら)いの言葉と共に、二年生の和田原絵梨奈から大きな花束が差し出された。見れば、他の三年生の部員たちもそれぞれ後輩から花束を受け取っている。 これはサプライズの引退セレモニーなんだと、愛美はそれでやっと気がついた。「わぁ、キレイなお花……。ありがとう、絵梨奈ちゃん! みんなも!」「愛美先輩とは同じ日に入部しましたけど、先輩は私にいつも親切にして下さいましたよね。だから、今度は私が愛美先輩みたいに後輩のみんなに親切にしていこうと思います。部長として」「えっ? ホントに絵梨奈ちゃん、わたしの後任で部長やってくれるの?」 いちばん親しくしていた後輩からの部長就任宣言に、愛美の声は思わず上ずった。「はい。ただ、正直私自身も務まる自信ありませんし、頼りないかもしれないので……。大学に上がってからも、時々先輩からアドバイスを頂いてもいいですか?」「もちろんだよ。わたしも部長就任を引き受けた時は『わたしに務まるのかな』ってあんまり自信なくて、後藤先輩とか、その前の北原部長に相談しながらどうにかやってきたの。だから絵梨奈ちゃんも、いつでも相談しに来てね。大歓迎だから」 「ホントですか!? ありがとうございます! でもいいのかなぁ? 愛美先輩はプロの作家先生だから、執筆のお仕事もあるでしょう?」「大丈夫だよ。むしろ、執筆にかかりっきりになる方が息が詰まりそうだから。絵梨奈ちゃんとおしゃべりして

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page6

     それはともかく、わたしは園長先生から両親のお墓の場所を教えてもらって、クリスマス会の翌日、園長先生と二人でお墓参りに行ってきました。〈わかば園〉で聡美園長先生たちによくして頂いたこと、そのおかげで今横浜の全寮制の女子校に通ってること、そしてプロの作家になれたことを天国にいる両親にやっと報告できて、すごく嬉しかったです。 園長先生はさっそくわたしが寄付したお金を役立てて下さって、今年のクリスマス会のごちそうとケーキをグレードアップさせて下さいました。おかげで園の弟妹たちは大喜びしてくれました。まあ、ここのゴハンだって元々そんなにお粗末じゃなかったですけどね。 そしておじさま、今年もこの施設の子供たちのためにクリスマスプレゼントをドッサリ用意して下さってありがとう。もちろん、おじさまだけがお金を出して下さったわけじゃないでしょうけど。名前は出さなくても、わたしにはちゃんと分かってますから。 お正月には、施設のみんなで近くにある小さな神社へ初詣に行ってきました。やっぱりおみくじはなかったけど……。 もうすぐ三学期が始まるので、また寮に帰らないといけないのが名残惜しいです。やっぱり〈わかば園〉はわたしにとって実家でした。三年近く離れて戻ってきたら、ここで暮らしてた頃より居心地よく感じました。 三学期が始まったら、文芸部の短編小説コンテストの選考作業をもって文芸部部長も引退。そして卒業の日を待つのみです。わたしはその間に、〈わかば園〉を舞台にした新作の執筆に入ります。今度こそ出版まで漕ぎつけられるよう、そしておじさまやみんなにに読んでもらえるよう頑張って書きます! ここにいる間にもうプロットはでき上って、担当編集者さんにもメールでOKをもらってます。 では、残り少ない高校生活を楽しく有意義に過ごそうと思います。      かしこ一月六日      愛美』****

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page5

    ****『拝啓、あしながおじさん。 新年あけましておめでとうございます。おじさまはこの年末年始、どんなふうに過ごしてましたか? わたしは今年の冬休み、予定どおり山梨の〈わかば園〉で過ごしてます。新作の取材もしつつ、弟妹たちと一緒に遊んだり、勉強を見てあげたり。 施設にはリョウちゃん(今は藤(ふじ)井(い)涼介くん)も帰ってきてます。新しいお家に引き取られてからも、夏休みと冬休みには帰ってきてるんだそうです。向こうのご両親が「いいよ」って言ってくれてるらしくて。ホント、いい人たちに引き取ってもらえたなぁって思います。おじさま、ありがとう! お願いしててよかった! リョウちゃんは今、静岡のサッカーの強豪高校に通ってて、三年前よりサッカーの腕前もかなり上達してました。体つきも逞しくなってるけど、あの無邪気な笑顔は全然変わってなかった。「やっぱりリョウちゃんだ!」ってわたしも懐かしくなりました。 そして、わたしが今回いちばん知りたかったこと――両親がどうして死んでしまったのかも、聡美園長先生から話を聞かせてもらえました。 わたしの両親は十六年前の十二月、航空機の墜落事故で犠牲になってたんです。で、両親は事故が起きる二日前に、小学校時代の恩師だった聡美園長にまだ幼かったわたしを預けたらしいんです。親戚の法事に、どうしてもわたしを連れていけないから、って。でも、それが最後になっちゃったそうで……。 幸いにも両親の遺体は状態がよかったから、園長先生が身元

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page4

    「わたしが作家になれたのも、その人のおかげなんだよ。だから、わたしも感謝してるの」「そっか。うん、めちゃめちゃいい人だよな。で、姉ちゃん。さっき言ってた『新作のための取材』ってどういうこと?」「あのね、新作はここを舞台にして書くつもりなの。ここにいた頃のわたしを主人公のモデルにして。……この施設がわたしの、作家としての原点だと思ってるから」 もし両親が生きていて、この施設で暮らすことがなかったとしたら、愛美は果たして「作家になりたい」という夢を抱いていただろうか……? そう思うと、やっぱり愛美の作家としての原点はここなのだと愛美は思うのだった。「オレも久しぶりに愛美姉ちゃんと過ごせて嬉しいよ。静岡に行って、高校に上がってから夏休みにもここに帰ってきてたけど、姉ちゃんがいないと淋しかったからさ。また一緒にサッカーの練習、付き合ってよ」「いいよ。でもリョウちゃん、サッカー上手くなってるからついて行けるかな……」 三年近く会っていない間に、彼のサッカーはグンと上達している。サッカーの強豪校に進学させてもらったからでもあると思うけれど、今の涼介に愛美はついて行けるかちょっと不安だ。「大丈夫だよ、一緒にボールを追いかけられるだけでオレは楽しいから」「そっか」 いちばん年齢の近かった涼介と再会できただけで、愛美はここを離れていた三年間という時間がまた巻き戻ったような気持ちになった。    * * * * その夜、〈わかば園〉では施設を卒業した愛美と涼介も参加してのクリスマス会が行われた。 今年のクリスマス会は、早速愛美が寄付したお金も使われたのか例年に増してケーキもごちそうも豪華になっていて、子供たちも大喜びだった。 そして、例年どおり〝あしながおじさん〟=田中太郎氏=純也さんを含む理事会から子供たちへのクリスマスプレゼントもどっさり用意されていて、「そうそう、これがここのクリスマスだったなぁ」と懐かしくなった。

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page3

       * * * * 愛美は宿舎へ向かう前に、庭の方を通りかかった。サッカー少年の涼介が、今日もここでサッカーの練習をしているような気が下から。 今もこの施設に暮らす男の子たちに混ざって、高校生くらいの少年が一人、サッカーボールを追いかけながら走っている。愛美は彼の顔に、自分がよく知っている少年の面影を見た。「――あっ、やっぱりいた! お~い、リョウちゃーん!」 手を振りながら呼びかけると、驚きながらも手を振り返してくれた少年――小谷涼介は、身長が少し伸びて筋肉もついているけれど、顔は三年前とほとんど変わっていない。「愛美姉ちゃん! 久しぶり……っていうかなんでここに? ――あ、ちょっとごめん! お前ら、今日の練習はここまで。もうすぐ晩メシだから、ちゃんと手洗えよ!」 子供たちのコーチをしていたらしい涼介は、泥まみれになっている彼らに練習の終了を告げた。三年近くここに帰ってこない間に、彼もすっかり〝お兄さん〟になっていた。「リョウちゃん、元気そうだね。わたしもね、今年の冬休みの間はここで過ごすことにしたんだよ。新作のための取材も兼ねてるんだけど」「そっか。そういや愛美姉ちゃん、作家になったんだよな。おめでと。オレも本買ったよ。義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、『この本は施設にいた頃のお姉ちゃんが書いたんだ』ってオレが言ったら二人とも買ってくれてさ。ウチにはあの本が三冊もあるんだぜ」「そうなんだ? リョウちゃん、すっかり新しいお家に馴染んでるみたいだね。よかった」 自分が〝あしながおじさん〟=純也さんにお願いして見つけてもらった涼介の養父母。彼がその家に馴染んでいるか、愛美はずっと心配だったけれど、彼の口ぶりからしてすっかり気に入っているようでホッとした。「うん。二人とも、オレにすごくよくしてくれてるよ。園長先生から聞いたんだけど、愛美姉ちゃんが理事の人に頼み込んで見つけてくれたんだよな? 姉ちゃん、ありがとな」「ううん、わたしはただお願いしただけで、実際に動いてくれたのはその理事の人だよ。わたしの時にも手を差し伸べてくれたから、リョウちゃんのことも何とかしてくれるかな……と思ってダメもとでお願いしたら、ちゃんとしてくれて。ホント、いい人でしょ?」 彼はお金を出してくれて終わりではなく、常に相手にとって最善の方法を見つけてくれる。 愛

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page2

     愛美の答えを聞いた園長は、困ったような笑みを浮かべた。「……実はね、愛美ちゃん。辺唐院さんも今月の第一水曜日にここへいらした時、私におっしゃってたのよ。『どうやら彼女は、僕の正体に気づいているみたいです』って。あなたは頭のいい子だから、いずれはこうなると思ってらっしゃったみたいで。もしかしたら、あなたに本当のことを打ち明けるタイミングを計りかねている感じだったわ」「そう……なんですか? だとしたら、彼はいつごろわたしに打ち明けてくれるつもりなんだろう……?」 彼がタイミングを計っていることは間違いないだろうけれど。打ち明けると愛美と気まずくなるのを恐れて、なかなか打ち明けられないというのもあるのかもしれない。「――とにかく、今日から二週間はあなたも実家に帰ってきたつもりで、ここでお過ごしなさい。ちゃんと取材には応じてあげるから。あとは子供たちの相手をしてくれたり、事務作業を手伝ってくれると助かるけれど。それはあくまであなたの意思に任せるわね」「はい」「あなたはまた六号室で寝泊まりしてもらおうかしらね。みんな、愛美お姉ちゃんと一緒に寝るのを楽しみにしてるから」「分かりました。六号室かぁ……、懐かしいなぁ」 愛美はここを巣立っていくまでずっと、六号室で五人の幼い弟妹たちと過ごしていたのだ。あれから三年近く経って、あの子たちも大きくなったことだろう。幼稚園の年長組だった子も、小学三年生になっているはずだ。「あ、あとね、涼介君も今、施設に帰ってきてるのよ。引き取られた先のご両親が、夏休みと冬休みにはここに帰ってきてもいいっておっしゃったらしくて」「えっ、リョウちゃんも? 嬉しいな」「ええ。今夜はクリスマス会をやるから、愛美ちゃんも参加してね。涼介君も参加したいって言ってたから。お正月にはみんなでまた近くの神社へ初詣に行きましょうね」「はい!」 まるで自分の祖母のような園長とのやり取りで、愛美はあっという間に三年前に引き戻されたような懐かしい気持ちになった。このアットホームな雰囲気が、この園での生活が楽しいと感じたいちばんの理由だった。「――そういえば、その服の感じも懐かしいわね。愛美ちゃん、ここにいた頃もよくブルーのギンガムチェックの服を着てた憶えがあるわ」 園長はふと、愛美が着ているブルーのギンガムチェックのシャツを眺めて目を細める。ボト

Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status